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WHERE TO GO? Blog

信号銀行と瞬間移動の話

急がない日、交差点の信号がいいタイミングで青になると、信号銀行があればいいのにと思う。
こんな機会に青信号を預けておいて、予め多少の不便をこうむっておくのだ。
預けておいた青信号は、バスが行ってしまいそうなときや、ちょっと急いでいるときに引き出せばいい。
実はだいぶ前からこういうことを考えているが、いまだ信号銀行ができる気配はない。

また、歩道の向こうで信号待ちをしているひとがいると、質量の交換をしたくなる。

信号のあっち側にいる、こっち側に来たい人。
信号のこっち側にいる、あっち側に行きたいぼく。

お互いが相手の地点へ行きたいのに、わざわざ待ったり、重い荷物を運ばないといけないのはなぜだろう、とよく思う。
質量の交換が実現すれば、感謝し、され合い、いいことづくめ。

これが利害一致の瞬間移動である。
ひとりではエネルギーの法則に矛盾が生まれそうだが、質量の等交換なら具合もよかろう。
全く同じ質量というのは難しいから、せめて近似値はオーケーということで、誤差は科学に頑張ってほしい。

利害一致の瞬間移動によって、旅行とか交換留学とか、人間の行動範囲はずっと広がることだろう。
ぼくが上京したくなったら、奈良に旅行したい人を東京で探せばいい。
人探しに旅行代理店を活用すれば、彼らの仕事もなくならずに済む。

人間の潜在能力は、大部分が謎のままである。
人間同士の意識が双方向に発揮されれば、ここに書いたことくらい、難なく解決するんじゃないか。
石や草木、さらに大気と通じ合えれば縦横無尽だな。

あのころの大人

1990年代は、ぼくにとって海外ドラマの黄金期でした。
刑事コロンボ、弁護士ペリー・メイスン、そしてX-ファイル。

X-ファイルはアメリカのテレビドラマで、2000年代でいうところの『24』『プリズンブレイク』『LOST』のようなものです。
当時はミステリーサークルやサイコキネシス、ノストラダムスの大予言なんかがメディアをにぎわせていて、ぼくもそんな特番をよく観ていました。

時を同じくして、古畑任三郎シリーズが始まりました。
犯人役で登場する風間杜夫がX-ファイルのモルダー捜査官の声を吹き替えていると知ったときには、妙な心地がしました。
なぜならデビッド・ドゥカブニー扮するモルダー捜査官は敏腕であり、古畑任三郎に登場する風間杜夫はおっちょこちょいだったからです。
以来、モルダー捜査官を見ると風間杜夫の顔が浮かんでくるようになり、その都度やはり、妙な心地がしました。
小池朝雄や石田太郎の声を聞いてコロンボ警部を連想する人も多いのではないでしょうか。
※余談ですが古畑任三郎は警部「補」です。

それから十余年、X-ファイルを字幕で見る機会がありました。
初めて聞くデビッド・ドゥカブニーの肉声はとても新鮮でした。
スカリー捜査官やスキナー副長官、エイリアンやUFOといった映像に情さえ感じながら、ぼくはまたぼんやりと画面を眺めていました。

懐かしく、しかし新鮮な好奇心とともに画面を眺めていると、モルダー捜査官が何か小さなものをかじり、殻のようなものを吐き出すのを目にしました。
かじっては吐き出し、かじっては吐き出し、そんなシーンを眺めていると、今よりも感化されやすかった時代がよみがえって「モルダー捜査官と同じものを食べたい」と思うに至ったのです。

子供はカッコいい大人のまねをします。
サングラスに憧れたり、たばこを吸ってみたり、飲めない酒に酔ってみたり。
やがて成人したぼくは、たばこを捨て、必要に応じてサングラスを使い、味わうために酒を飲むようになりました。
それから、ふと世の中が色あせてしまう時期がきました。
楽しみというものが絵空事のように感じられる、そんな時期があったのです。

しばらくしてモルダー捜査官の食べていたものが「ひまわりの種」だと分かり、久しぶりにワクワクしながら外出しました。
近所の、そこそこ大きなリカーショップに行ったのですが、残念ながら取り扱いはなく、せめて「かぼちゃの種」だけ買って帰りました。
色はまるで違いますが、大きさは似ていたのです。

厚さ数ミリ程度のかぼちゃの種を小さくかじると、いい気分になりました。
モルダー捜査官がそうしたように、遠い目をしてかじるかぼちゃの種は、懐かしい大人の味がしました。

冷遇の2月

2月はどうして28日しかないのだろう。
4年に1度だけ29日目が付与される(うるう年という)ものの、6月や11月と比べても1日少ない。
他の月と比べ、よくて1日、うるう年でない年(平年という)には最大で3日も冷遇されるわけだ。
2月生まれをはじめとする関係者は本件に対し、メロスより激怒していいと思う。

しかし、激怒するだけで物事は解決しない。
ぼくはよくよく考え、とてもいい方法を思いついた。
2月の日数をうるう年に31日とし、平年は30日にするのだ。
ともすれば永遠の30日組(4、6、9、11月)が「ずるい」と言うかもしれないが、本来こんな面倒な処理はくれてやって構わない。
物事には段取りというものがあるから、2月に平等な日数を与えることが第一である。

さて2月に付与した日数は、どこかで1日ずつ引かねばならない。
候補は当然31日組(1、3、5、7、8、10、12月)ということに。
ここからふた月が30日組へ移動(異動?)するのだ。
まさにバトルロイヤル。
しかしここでも公平を期す必要がある。
それは31日組内で既に生じている不平等だ。

まず明らかに除外すべき月として12月が挙げられる。
12月は大晦日という行事ならぬ行事があり、31日組の中でも特に冷遇されている。
「年中無休」と明記しながら「※年末年始を除く」という理不尽を誰でも目にしたことがあるだろう。
したがって12月の日数を減らしてはいけない。

また「年末年始」の影響は文字通り1月にもあてはまる。
月初ではあるものの、三が日における自由度の低さは十分に考慮されるべきであろう。

3月もまた年度末という時期を考えるとラスト1日の重みが違う。
末日の変更による影響は、最大公約数的にとどめなければならぬ。

「根本原因たる8月に引き取らせろ」という声に対しては、夏休みの宿題が終わらないお子たちから「大人のケンカに巻き込むな」と文句が出そうでこわい。

残るは5月と7月と10月。
ここへいたると、おのおのが31日の必要性を訴え、既得権益を手放すまいと必死の形相である。
ゆえに最終選考は難しく、しかも独自の結論を本エントリで出してしまうと、該当月に関係する各所から嫌われそうで、やはりこわい。

ところで、ぼくはひとに嫌われるのがイヤで、できるだけよく見られたい。
そんな原点に立ち返り、みんながハッピーになる(俺様が嫌われ者にならない)筋書きを頑張って導いた。
それこそは現状維持であった。
2月の関係者は今までどおり過ごすことで寛容さを示し、31日組は誰も不利益を被らない。
時計職人は胸をなでおろし、印刷業界に激震は走らず、「ニシムクサムライ」が相変わらず使える教育現場はこれからも平和である。

ところでこんな結論に導くと「この問題提起は不要だったのでは?」という顔にぶつかりそうだ。
否。断じて否である。
何も変わらないことの価値は、本エントリの存在によって証明された。
ジャンケンの「裏」と「裏の裏の裏」で意味が違うのと同様、認識の有無によって物事はその姿のまま意味を変えて生まれ変わるのだ。
議論の結果、元通り。という現象があったなら、それは決して徒爾ではない。

プチ停電で被災認識が変わる

20年前に阪神淡路大震災が起こり、奈良も揺れた。
余震の度に身が縮み、今でも地震が起きると「もしや」と思う。
東日本大震災ののち防災グッズが売れたように、20年前も備えが散々叫ばれた。
ラジオが要る、水が要る、水を入れる容器が要る、ソーセージ1本5千円……。
見知った土地が罹災した20年前の記憶はいつまでも生々しい。

話の規模は変わり、先日、自宅が局所的に停電した。
就寝中にささやかな爆発音が聞こえ、何事かと照明のスイッチを入れても反応がない。遠赤ヒーターのスイッチを入れてもやはり反応がない。
はじめは単なる停電かと思い、iPhoneのLEDライト(ちゃんとしたライトがあっても、使うのは手元の便利道具なんだと実感)を頼りにブレーカーを確認したが、それこそ何事もなかった。

分からないことはGoogle先生に聞く世代。
“停電 一部 ブレーカー”で検索すると、すぐ同条件の答えが見つかった。

『すぐ電気屋に連絡しろ』

深夜で電気屋は開いていない。
というわけで関西電力へ連絡。
30分もしないうちに2名のスタッフが来てくれた。
どうやら私の部屋のコンセント付近が原因らしく、調べてもらった結果「工事が必要」とのこと。
しかもちょっとした規模の故障らしく、やはり電気屋さんに依頼する必要があるらしい。

さて翌朝、というより数時間後である。
家人が連絡した知り合いの電気屋さんがすわ飛んできれくれた。
知らずに眠っていた私は叩き起こされ、寝間着のまま部屋を追われた。

この、覚醒してから数分の過程を想像してほしい。
寝起きのおふとんは自身の体温で暖められ、暫定世界一の気持ちよさである。
にもかかわらず、おふとんの外は電源の入らない遠赤ヒーターのみ。
……ここから出ろと?(出たけど)

修理が終わるまでの2時間弱、私は別室で震災による被災のことを考えていた。
あれば便利だろう程度に考えていた「手巻き充電式ラジオ」とか「カンパン」とか、そういうのは真っ先に必要なモノではないということだ。

もちろん被災の程度によって優先順位は変わるだろう。
しかし今日のような現実を見れば、何より毛布が必要だ。
水や情報を求める前に、毛布で体を温めなければならぬ。

ここで言いたいのは「毛布の大切さ」ではなく、少なくとも私が考えていた「備え」にはリアリティがなかったということだ。
十徳ナイフがあると便利だろう、記録のためにカメラがあるといいだろう、LEDライトは軍用のものがしっかりしているだろう、MTBが1台あると便利だろう、といった考えはあまりにも浅はかだった。

今の考えは違う。
もし無事に逃げられるなら、私の場合はスマートフォンを忘れないこと。
そのほかのことは、状況に応じて毛布でもカメラでも扇風機でも選べばいい。
自分にとって最優先となるモノ・コトを心に刻んでおくことが、何よりの備えだと思った。

フライングディスク!

昔は「フリスビー」と言った。
公園で、広場で、手軽に遊べる円盤を誰でも1度は見たことがあるだろう。
キャッチボールよろしくディスクを投げ合うだけのゲームが、私の中でちょっと熱い。

運動音痴の私が自転車に出会い、コンプレックスを克服した話はごく一部で有名であるが(意外と真面目な美談なのだ)、これで運動音痴が治るとか頭脳が柔軟になるとか、人間の根幹部分が変わったわけではない。

バッティングセンターでは空振りしかしないし、ボーリングのスコアは3桁を超えないし、去年は思い切って川へ入ったものの、泳ぐとか浮くとかいった芸当はついに成就しなかった。

しかし、こんな私にも「キャッチボールやろうぜ」と声をかけてくれる友人がいる。
せっかくだからと応じるものの、こちらがノーコンだから、友人サイドはキャッチボールをしているのか短距離走(反復)をしているのか分からない。
さすがの私にも罪悪感が生まれ、キャッチボールの機会も減ってしまったのがここ数年のことである。

話は戻り、フライングディスク。
暴投しても延々と転がっていかないところに魅力を感じ、アルティメットという競技で使われる公式ディスクをAmazonで購入(←リンク飛びます)した。

アルティメット用のディスクは大きく、重量があり、風の影響を受けにくく、まっすぐ投げやすいという口コミでチョイスしたものだが、慣れるまで少し時間がかかった。
ただ、フライングディスクに不慣れなのは周囲も同じ条件なので、暴投の罪悪感は早々に相殺される。

ディスクはゆっくりと飛び、少しくらい軌道が逸れても走って追いつくことができる。
わざわざジャンプキャッチをすると、自分の運動神経が向上したような錯覚に満足することができる。
自転車のボトルにVAAMを詰め、タオル2枚と着替え、無印良品の汗ふきシートも用意すれば完璧。
この夏は、朝も夜もディスクで遊んだ。
今日も補助輪が外れたばかりの少年のように、時間があればディスクのことを考えている。

というわけで、WHERE TO GO? ではフライングディスク部を設立し、部員(幽霊可)を募集中です。
アルティメットに加え、ひとまわり小さくて軽いGUTSディスク(←リンク先Amazon)もご用意しました。
活動場所は現在、奈良(平城宮跡と陸上競技場)と大阪・京都(淀川河川敷)とアメリカ(コネチカット州)(2015年3月より三重県津市)です。
この超健康的な集いに是非ご参加ください。