ゲーテにさよならを

合同作品展の席で僕が暇を持てあまし、小説を読んでいたときのことだ。出展仲間に声をかけられた。

「何を読んでいるんですか?」
「ファウストです」

……。
僕は普段、ゲーテを読まない。かつて断捨離を敢行した際に、まだ読んでいないという理由だけで捨てなかった本がファウストだった。購入から数年経って、まだ読んでいないのである。そういえば『若きウェルテルの悩み』も苦痛でしかなかった。

またある日、僕がイヤフォンで音楽を聴いていると、

「何を聴いているんですか?」←さっきと同じひと
「モーツァルトです」

……。
これはまずい。

先日も「最近ワインがうまい」と書いたばかりに、一部の方が、今泉はワインに詳しいと誤解をしてしまった。ボトルでも千円を超える新酒なら、僕の舌には何だってうまいのだ。

仮にこれらのタイミングが重なって、僕がモーツァルトを聴きながらファウストを読み、ワイングラスを傾けている姿を見る人がいたら、相当な勘違いをするか、相当な勘違い野郎だと思うかどちらかだろう。どちらもいやだ、と僕の自尊心は言う。

さて臆病な自尊心と尊大な羞恥心が頑張った結果、本エントリで親しみやすい今泉(当社比)を展開すればいいという結論に達した。最近ハマっている音楽とか自転車でどこへ行ったとか、等身大の日常を書けばそれでいい。

ところがである。

最近なんとクラシックにハマっているのだ。音楽室に飾られた髪の毛フサフサの肖像画たちが、僕の心を掴んで放さない。特にバッハとモーツァルト。あんたらホントに人間か? 旋律は、次へ続く音が常に最上級の選択によって形成されているかのよう。その音楽に身をゆだねる心地よさといったら!

その遅すぎるクラシック入門が「何を聴いているんですか?」と聞かれた1週間前だったのだ。2週間前に同じ質問をされていたら「Perfumeのチョコレイト・ディスコです」と答えたのに。

自転車も、この夏に低血糖症に悩まされて以来、ほとんど乗っていない。昨日、歯医者の定期検診にロードを駆るべくタイヤの空気圧を指で測ったら、シクロクロスかというくらい凹んだ。これはあかんやろ……。

背伸びをする必要はない。といって卑屈になる必要もない。それならば、ありのままでいい。

『ありのまま』はしかし、シンプルだから難しい。あれこれ余計なことを考えなければよいが、余計なことを考える姿もまた『ありのまま』なのだ。
めんどうくさいが、見栄でも伊達でも、自分に正直がいい。